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『旅立ちの日』 太田貴子

by 半空文学賞

『旅立ちの日』 太田貴子

「こんなときは、にぎり飯だろ、ふつう」

シートに深く腰掛け、手渡された包みを開くと、大きなサンドイッチが見えた。ハムがパンから大きくはみ出している。視界がにじんだ。

ドアが閉まった。空を仰いだ。瞬間、電車が動きだした。

「いらないよ。昼飯なんて」

包みを突き返したが「持っていけ」といって、強引にリュックの中に詰め込んだ。「お母さんにも挨拶していけよ」そういって、仏壇をゆびさした。

「行ってくる」といえば「おう、頑張ってこいよ」と答えが返る。たとえば、そんな会話が成り立つ親子なら、どんなによかったことだろう。

「行ってくる」

「おまえ、あれか?江戸は今日、雪か?」

「は?」

は?と呆れ顔をしながらぼくは、それが精一杯の親父の「いってらっしゃい」であることを、最高のはなむけの言葉であることを、誰よりも知っていた。

「じゃあな」

今日、ぼくは東京に旅立つ。

電車が八栗駅を通過したとき、親父と初詣に行ったことを思い出した。格好をつけて、まだ四十代の“おばあさん”に席を譲り、にらまれたのは潟元駅だった。松島二丁目で“やろう”と待ち合わせているというと、いい、というのに送りたがり、親父にデートの現場を押さえられた。「てめえ、どこがやろうだ」というと、軽トラを降り、作業着の埃をはらい、女の子に照れながら頭を下げた。

車窓に目をやった。ダサいと思っていた、うざいと思っていた、ふるさとのすべてが今日はなぜか輝いて見える。

サンドイッチがはいったプラスチックの容器の底に、黄色い付箋が見えた。

「健康第一」。親父の文字だった。テープで二重に貼り付けており、すべて食べ終えると、見える仕組みになっていた。おかしくて、切なくて、親父らしかった。

瓦町駅に着き、乗り換えの電車を待っていると、お客さんの一人が駅員さんに声をかけた。

「寒いねえ、今日は」

「ええ。東京は大雪だそうです」

まもなく三番ホームに電車が入るという。

東京は大雪だという。

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