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『猫と電車に乗った夜』 香西志帆

by 半空文学賞

『猫と電車に乗った夜』 香西志帆

 私が猫と話せるようになったのは、29歳の誕生日だった。

 あの日は、会社で後輩の女の子が取引先の社長を怒らせて、それを少しだけ注意したら、金庫で泣いていたらしく、男の先輩に「かわいそう。言い過ぎだ」と責められて、なぜか私が社長に謝りに行くことになった。取引先に着くなり、その社長から「なんで本人か上司じゃないんだ」と怒られた。その帰り道、ムシャクシャが止まらなくなって、大学時代から付き合っていた彼氏に電話して、「辞めたい。結婚して!」と泣きながら言ったら、そのままフラれてしまった。

 とにかく散々な1日だった。そう、誕生日なのに。そのまま悔しくて悲しくて泣きながら線路横の道を歩きつづけた。車窓だけあかあかと浮き上がった電車が4回くらい私を追い越して行き、気がつくと春日川駅まで来ていた。

 自販機で買ったホットの缶コーヒーを開けると、椅子の下から、ヌッと黒猫が現れた。何か言いたげにこっちを見ている。「オネガイガアル」そう聞こえた。

 ビックリして、あたりを見回したが、駅にいるのは私と猫だけ。

「ツギノ電車ニ、ノセテクレ」

間違いない、猫がそう言った。正確に言えば、テレパシーのように伝わってきたのだ。

 電車が線路を走る音と猫が同じぐらいの速さで、こちらに近づいてくる。

そして、はっきりとこう言った。

「私をカバンに入れてくれ、早く!」

 猫は、カリカリと引っかきながらよじ登り、私のカバンの中に入ってきた。

 目の前でドアが開いて、そのまま私は電車に飛び乗った。

 車内には、買い物袋を下げて座っているおばあさんと小学生の女の子が一人。

「このままカバンをあのおばあさんに渡してほしい」

「これ、私のカバンなんだけど」

「時間がないので、単刀直入に言う。あれは、私の妻だ。今度は彼女を看取りたくて猫になったんだ。私を飼ってくれるようにお願いしてほしい」

 猫がじっと私の顔を見て、そう言った、たぶん。

「妻は次の潟元で降りる。あと、私が猫になったことだけは内密に」

「早く!」

 女の子は立ち上がって、私の方を見て微笑んだ。

「わかった!まかせといて」

 私は大きくうなづくと、ドアの閉まる直前に潟元で飛び降りる。

 空を見上げると、何が起きても不思議ではないような大きなオレンジ色の満月が輝いていた。

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