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『編者あとがき』

by 半空文学賞

『編者あとがき』

 「敷かれたレール」という言葉を誰かが使うとき、「不自由な人生」をあらわしていることが多い。生きかたを誰かに決められて自分らしい人生を生きていない、という意味だ。「親に敷かれたレールの上を進みたくはないんだ」と若者が語る場面を、映画やテレビで目にしたことは誰にでもあるだろう。

 でも一度、まさに誰かに敷かれたレールの上を走る鉄道に乗ってみてほしい。

 車内には、本をよむ人、音楽をきく人、おしゃべりする二人、お茶をのんで一息つく人、眠っている人、一心不乱にスマホをいじる人、ただずっと車窓をながめる人———公園のように、自宅のように、誰もが思い思いにすごす風景をみつけられるはずだ。みなさんの学校や職場はこれほど自由だろうか。路上や自動車の車内でこんなに多様な過ごしかたができるだろうか。こんなに自由を感じられる場所は、まわりにどれくらいあるだろうか。

 マナーを守るなら、鉄道に乗ってどのように過ごしてもいい。乗車マナーを語る人は多いが、その足元にある鉄道の自由に注目し、わざわざ語る人はいない。しかし鉄道が自由だからこそ、多くの物語が鉄道でうまれ、語り継がれてきた。孤独なジョバンニとカムパネルラは星祭りの夜に銀河鉄道に乗り、殺人事件はポアロの乗ったオリエント急行でおきる。ベルリンでは天使が地下鉄に乗って乗客それぞれの心の中を覗き、グイネス・パルトロウはロンドン地下鉄の閉まりかけたドアに飛びこんで人生が変わる。ジュリー・デルピーはブタペストから乗ったユーロトレインで騒がしい乗客から逃げるように席を移動したらイーサン・ホークと出会い、二人は途中下車したウィーンの街を朝日が登るまで散策して別れると、9年後にパリで再会することになる。

 鉄道は敷かれたレールの上を、黙々と走る。だからこそ、その車内はいたって自由だ。あるいは車内が自由であるために、黙々と敷かれたレールの上を走り続けていると言い換えてもいい。ここに収録された11の物語が鉄道をさらに自由にしてくれるなら、ことでんはこれからも敷かれたレールの上をひたすらに走り続けるだろう。

 ことでん  真鍋康正

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